百年の『職人』気質 創業当時から職人であり続けることにこだわってきました。

鞄の歴史は奈良時代までも遡る兵庫県豊岡。この地でも珍しい鞄の総合メーカーとして創業から百年職人であり続けるマスミ鞄嚢ではあらゆるオーダーにチャレンジしてきました。経験の蓄積から視える「本物」を鞄作りに込めています。

時代を作る職人

三代目: 植村賢仁

使う方のお役に立つ鞄を作り続け、「頼んでよかった」という声を励みにこれからも革新し続ける。

現在、職人を率いるのは三代目植村賢仁。他社では手掛けない一味ある鞄を数多く作ってきた。大量生産やブランド品など溢れる時代から、自社の方向は【高品質ブランド】メーカーになるべく舵をきる。これは創業当時からの〈人の御役に立つ物作り精神〉を時代にマッチさせたとも云える。

マスミ鞄嚢の物作りは、代々継がれるほど強靭で繊細に仕上げるのが特徴だ。
デザイナーやブランドメーカーがイメージし依頼してきた什器や鞄などを高級感を兼ね備えた高品質で応え続け、企業からも個人からも納得してもらえる仕様を追求している。その為リピート発注が多い。「他では作ってもらえない」という問い合わせに「頼んで良かった!」の満足を提供し続け、鞄の産地豊岡でも稀な鞄の総合メーカーとして職人を育成しつづけている。

賢仁は生まれながらに鞄を作る音の中で育つ。
創業者の祖父との記憶も手をひかれ鞄屋に顔を出すなど、家業に触れる事柄が多い。
技術的な革新をモットーとする二代目のもと、職人が作り出す美しい鞄が形になっていく工程を幼少期から見続け、鞄を作り出すことは自然な流れだった。

工場には特殊な設備が多い。多様な鞄の依頼には欠かせないが、使いこなせる職人があっての設備とも言える。「鞄を一から作りたい」と目を輝かせる職人希望者を受け入れ、そしてその育成には、お使いになる方のご要望を限りなく形にし、高品質で応えることを心がけてきた。

復刻モデルを手掛けるメーカーは少ない。数々のTVドラマ撮影でもマスミの鞄が使われている。フジテレビ開局45周年記念ドラマ『不毛地帯』、 NHK連続テレビ小説『梅ちゃん先生』ほか 両開きトランクケース/鞄と家具の融合 船ダンス

時代を作る職人

二代目: 植村美千男

高度成長期にまだ未熟だった日本の鞄生産に技術革新を興す。品質向上の意欲は今も尽きない。

二代目植村美千男は根っからの鞄職人気質。良い鞄が輸入されたと聞けば、取り寄せて鞄を解し技術を学んだり、積極的に海外メーカーに視察に出向くなど自分の目と腕を磨き続けた。
量産の時代だった高度成長期、美千男は設備にもこだわり日本でも数台しかないと云われる特殊なミシンや設備に積極的な投資をし、他社でできない加工技術はこの頃からずば抜けていた。

昭和初期の鞄枠は、スマートケースに見られるブリキ枠だったため鞄の重量はかなり重かった。軽量化を模索し建築素材のベニヤ板を鞄枠に出来ないかと、合板メーカーとの開発が始まり、1950(昭和30)年代実現した。
素材の改良だけでなく、曲げて使う前提のないベニヤが折れるのを新技術で克服できないかと尽力したのが美千男である。
V字カットによる直曲げを開発し、軽くて丈夫なアタッシュなどが生産可能となった。この技術は1982(昭和57)年頃に機械化され全国に普及し、木枠の鞄が主流となった。

時代を作る職人

二代目: 植村賢輔

明治という激動の時代、鞄を開発した豊岡でいち早く鞄の未来を見据え、渡航鞄に革新的な存在感を放つマスミ鞄嚢を設立

柳行李(やなぎこうり)は明治時代までは入れ物として広く定着していた。
この行李を行李鞄へと開発した豊岡で、植村賢輔は「新型鞄」の創作に大きく貢献した。
これをきっかけに賢輔は【箱型鞄】製造にこだわりをもって創業する。

ラインテックススーツケース/海外渡航用スーツケース/東京オリンピック聖火ケースと海外渡航用鞄のラインテックス

豊岡が時代とともに鞄の街と呼ばれるほど育つ中、マスミ鞄嚢は時代を見据えて【渡航鞄】に力を注いだ。ビジネスマンだけでなく、官庁や大学も国交のため海外渡航が急増した時代となった。
当時、ラインテックスという渡航鞄が流行り、マスミでも目まぐるしい生産体制だったが、技術を活かし『マスミライン』というオリジナルデザインの高品質渡航鞄を開発・販売した。ツアーコンダクターや海外出張者から広く愛用され、ヘビーユーザーもいるほどだった。マスミラインは平成になった今でも修理に返ってくるほど丈夫な作りである。
決して鞄の製作技術が成熟していない時代、品質にこだわり革新しつづけたマスミの鞄はクライアントの心を掴んできた。この志[革新]への意欲と熱意がマスミの職人魂の基盤とも言える。

1964年(昭和39年)日本中が湧いた東京オリンピック。渡航鞄を手掛けていた実績から、聖火を運ぶケースの製作をマスミ鞄嚢に託された。日本が大きな時代の節目を迎える中、共に鞄の総合メーカーとして存在感を確立した。